Archive for 2月, 2010

僕のハワイ津波顛末記

土曜日, 2月 27th, 2010

ダイヤモンドヘッドの頂上から見る海は非常に静かでした。6千キロメートル向こうから津波がくるとは思えないような風景でした。(アメリカ人女性2人は「ここから津波を見ることにした」そうです。)

チリで起きた大きな地震で津波を発生。現時点(午後1時45分)、ハワイでは4回ほど海が引いて、1メートルほどの「津波」がきました。結局、陸に押し寄せるような大きな津波ではなくて本当に良かったです!

船は朝早くから、マリーナから避難しはじめました。数時間後には何百隻もの船がワイキキの沖に浮かんでいました。岸壁にいるより沖合にいる方が安全です。

津波が来ると知ったのは今朝のおはようダイヤモンドヘッドツアー中でした。お客様を迎えにいったら、まん丸の月が海に沈むところだったのでワイキキビーチまで行ってその様子を見ていました。不思議なオレンジ色の月の入りでした。車に戻ろうとしたら警報サイレンが突然に鳴りだしました。サイレンは毎月、月のはじめに試運転されるのでよく聞いていますが、こんな時間に何で?車に乗り込んでラジオをつけたら津波警報ではありませんか!ハワイ全島沿岸エリアに避難命令がでていて、ショッピングセンターも閉鎖、ヒロ空港も閉鎖などすごいニュースです。ツアーはどうしようか?取りあえずKCCファーマーズマーケットに寄って、催行されるかどうかを聞くことにしました。津波は数時間後にくるので時間的には余裕があります。

Civil Defense Center(民間防災センター)。民間といっても、普通の人が逃げ込む場所ではありません。ここで州政府と市政府などが人災と天災の危機監理を行う場所です。場所はダイヤモンドヘッドの火口内です。(トンネルを抜けて、火口に入ったたところにあります。)

KCCで店の人たちはいつも通りに暗い中で店のセットアップにとりかかっていました。花屋さんに声を掛けたら、「津波はここまでこないのでやります」とのこと。次にダイヤモンドヘッドへ行ってみました。門は空いていました。ここも大丈夫なようです。登って下の海を見ると津波警報が出ているにも関わらず、なんとサーファー達がサーフィングをしていました。呑気というか、緊迫感ないですね…。

民間防災センター(Civil Defense Center)のスタッフは夜中から働いていたようです。私達が出たところで州知事とすれ違ったようです。

ダイヤモンドヘッド頂上から見たご来光はとてもきれいでした。登っている間に州立公園でもあるダイヤモンドヘッドが閉園になったこと下山してからガードマンに聞きました。ここダイヤモンドヘッドクレーター(火口)は半分州立公園であり、もう半分が陸軍の基地になっていることはあまり知られていません。軍の基地の方に民間防災センターがあります。防災センターはもともと冷戦時代にできた核シェルターです。数ヶ月分の水と食料が備蓄してあり、災害の危機監理はここで行われ、政府が非常事態時にここから行政することができます。まさに火口の中の秘密基地です。後から知りましたが、ちょうど私達が火口を出たころ州知事リングルが到着したそうです。彼女は今もそこで待機しています。

KCCファーマーズマーケットに行ったら珍しく駐車場が空いていました。人も少なく、店もいつもの4分の3ぐらいです。奇妙な雰囲気ですが、どこの店でも並ばずに欲しいものが買えました。

津波が来たら… 腹が減っては戦はできぬ。津波に備えて体力をつけておかないと!DA SPOTのエジプトチキンベジタブルカレー。It really hit da spot!(うまかった!)

ツアーが終わってワイキキに戻ると、ABCストアも、マックも全ての店が閉まっていました。観光客はvertical evacuation(垂直避難)をすることになっていました。つまり、遠くまで逃げないでホテルの三階以上の部屋に避難することです。本日のお客様は6階のオーシャンビューの部屋に泊まっていらっしゃいます。津波ウオッッチングするのには最適(?)な場所です。「お気をつけて!」

家に帰る途中、警察がワイキキを通行止めする準備をしていました。通りかかったガソリンスタンドも押しかけた人に圧倒されています。スーパーも非常に混み合っているらしいです。街中、緊張感が漂っていて変な雰囲気です。家のすぐ近くにある公園にも避難してきた人たちでいっぱいでした。なかにはバーベーキューをしている人もいました。

ハワイ住民は、津波に備えて政府の言う通り、10時頃から余計な外出を控え、海岸線、低地の住民は高台に避難しました。奇妙な静かさの中、街中が息をつめて津波が来るのを待ちました。

刻々と津波がくるとされた時間を見つめていました。まず、ハワイ島のヒロ。ヒロ湾の水がひいた、水が濁ったと次々Twitterでも情報が入ります。次はオアフ島。アラモアナビーチの水がぐっと引いている様子をテレビが映し出します。

津波は…

小さかったです。警報騒ぎからすると拍子抜けするほどでしたが、なにはともあれ被害もなく幸いでした。良かった!

たった今パシフィック津波警報センターも津波警報を解除しました。しかし、数日間は潮の流れに異変がある可能性もありますし、余震もあるので、まだまだ完全に安心、というわけではありません。

この津波はハワイを越えて次に日本方面にも向かっていますので、どうぞ十分な注意をなさってください。

ワイルドオーガニックコーヒーを作ろう!/その1

金曜日, 2月 26th, 2010

登山口にあるコーヒーの実があまりに美味しそうだったので収穫してきました。赤ければ赤いほどよいコーヒーができるのです。赤い実のことをコーヒーチェリーといいます。

ジャングルハイキングツアーで登るプウオーヒア丘のマナがたっぷりのワイルドオーガニックコーヒーを作ることにしました。(以前の様子はこちら。)

コーヒーは、19世紀の半ば頃にハワイに導入され、人が自家用に栽培していました。そのコーヒーが野生化し、今ではハワイのレーンフォレストを歩いていると、いたるところにワイルドコーヒー林があることに気づきます。ツアー中に赤い実を食べてみることもあります。甘くて美味しいですよ。

最近コーヒーチェリーの赤い果肉で作ったドリンクができたようです。「コナレッド」といいます。果実にはカフェインは含まれていませんし、豆は使われていないので、コーヒー味の飲み物ではないでしょうね。どんな味のドリンクでしょうか?

みんなでコーヒーチェリーの実を収穫しました。

先日ジャングルハイキングツアーの登山口に立派な実のなっている木があったので、お客様にも手伝っていただいて、みんなで一緒にコーヒーの実を収穫しました。

コーヒーは外来種ですので、本来ハワイのレーンフォレストにないはずのものです。ささやかですが、実を摘むことによって、これ以上コーヒーの木が広がるのを防ぐことになります。小さな環境保護活動です。(皆様ご協力マハロです!収穫の成果を味わっていただけなくてすみません。せめて写真だけでもご覧ください。)

では、山のワイルドオーガニック100%コーヒーの作り方の手順です。

コーヒーチェリーを靴下に入れて・・・

靴下の中で揉んで、皮と果肉を取ります。大昔、アフリカではコーヒーの果実でワインを作っていたそうです。

コーヒーの豆にまだちょっと果肉が付いています。嘗めると甘みがあります。喉に優しい味です。これをさらに水で洗って果肉を取ります。

よく洗った豆を数週間日干しすると、このようになります。これはパーチメント豆というらしいです。豆には膜があり、それが乾くと透明なパーチメントの紙に似ているところから名付けられています。

その膜(hull)を取るには専用の機械があるようですが、僕は手で取りました。膜を取ってからやっと豆がコーヒー豆らしくなりました。

膜を取ることをhullingと言います。これはhullを取った後のクローズアップ。またさらに膜がついています。膜が銀色に見えるのでこの状態の豆のことをシルバー豆というらしいです。このままローストしても大丈夫です。味には影響がありません。

さあ。次はいよいよコーヒー豆の焙煎です。続きます。

余談ですが、ハワイ固有種にもコーヒーの仲間があります。コーピコと言います。(間違って「コピコ」と書かれることも多いです。)コーピコについてはこちらをご覧ください。

ハワイの動物/ポロカ・ラナ

木曜日, 2月 25th, 2010

雄のウシガエル。雄の場合は鼓膜(耳)が目より大きいです。(ワイマヌ渓谷にて)

日本でもお馴染みのウシガエル(Rana catesbeiana)。元々ウシガエルは北米原産のものです。日本へは食用動物として1918年に導入されたそうです。ウシガエルがハワイに導入されたのは日本より先でした。19世紀の後半にやはり食用のため、そして水田の有害軟体動物の駆除のためカリフォルニア州から持ち込まれました。当時、ハワイには日本のように水田(タロイモと稲)が多かったので、ウシガエルはすぐ広がりました。早くも1900年にはホノルルの中華街でウシガエルの足が販売されていたそうです。

恐らくワイキキにもウシガエルが多かったでしょう。ワイキキは本来湿地帯でした。昔の写真を見るとワイキキとその山側のエリアに田んぼ、アヒルを育てるための池、魚の養殖池がたくさん見られます。その湿地帯を埋め立て地にするためにアラワイ運河が1927年に作られました。山から流れてくる三本の沢がアラワイ運河で一本化されワイキキが埋め立てられました。そしてウシガエルの鳴声もワイキキから消えました。

同じようにいろいろなところで湿地帯が埋め立てられて、ウシガエルも居場所も少なくなりました。しかし幸い現在ハワイに残っている湿原は保護されています。そうした湿原、山の清流や田舎のタロイモ水田に行けば、夜になるとウシガエルが出てきます。

ハワイアンがこの外来の動物に「ポロカラナ」という名前を付けました。英語ではブルフログと言います。「ブル」は雄の牛、フログは「カエル」。つまり日本語のウシガエルは英語訳ですね。

自分より小さいもの(小鳥、ネズミ、ナメクジ、仲間)は何でも食べてしまうウシガエル。ではウシガエル自身どんな味をするのでしょうか。答えはチキンです。高校時代にオアフ島のノースショアにあるコロア渓谷(田中律子さんが出演したNHK世界トレッキング紀行で紹介された谷間です。)へ、よく友達とトレッキングしに行きました。その谷間の清流でウシガエルをよく獲って、たき火でニンニクとバター(フランス料理?)を添えてフライパンで焼いて食べていました。水かきのついた足を口にするのは最初かなり抵抗がありましたが、食べてみると意外に美味しかったので、すぐに慣れました。